お家シネマで癒されましょう

第46夜「映画の中の“あの家”が語ること」

今宵のテーマは「家」。
社会から隔絶された湿地帯に建つ家
社会から乖離した困窮した暮らし。。。
いずれの家にも「生の哲学」がある。

映画 「ザリガニの鳴くところ」 湿地帯で生きるためのガラスの家

監督:オリヴィア・ニューマン
脚本:ルーシー・アリバー
原作:ディーリア・オーウェンズ
日本公開:2022

〈Story〉
1969年、青年チェイスが死体となって発見され、”湿地の娘”と蔑まれるカイア(キャサリン・クラーク)が容疑者として逮捕される。彼女のの弁護に引退した弁護士のトム・ミルトンが担当、牢の中で、カイアは過去を回想する。
1953年、ノースカロライナ州の湿地帯でカイアは家族と暮らしている。母親や兄たちは暴力的な父親から次々と逃げ去り、やがて父も去って家には幼いカイアだけが残される。カイアは、他人との付き合いもせず、食用の貝を採っては雑貨店に持ち込んで必需品に替え、生き延びる。
テイトに、読み書きや計算を教わり、読書を始める。2人は恋に落ちるも、テイトは大学に進学するために都会へ行く。花火の日に戻る約束をするがテイトは帰ってこない。
カイアは財産税を払わないと家を失うと知り、スケッチを本にして売るために出版社に送る。
プレイボーイの青年チェイスが、カイヤに言い寄ってくるのだった。。。

ザリガニの鳴くところ

『ザリガニの鳴くところ』(2022)は、公開前から楽しみでした。
原作を先に読むか迷って、結局、映画を先に観ました。

面白い作品ですよね。
作者がディーリア・オーウェンズは、もともと動物学者で、
アフリカでの野生動物研究についてノンフィクションを書いていた人です。
69歳ごろに初めて小説を書き、それが大ヒットしました。

実話ではないんですね。

そうですね。
作者自身が生まれ育った時代とも重なる、1950~60年代のアメリカが舞台です。

主人公のカイヤは湿地の生き物に詳しい。
そこには作者の研究者としての知識が生かされていますね。

1950年代、1960年代は、大戦が終わって朝鮮戦争に入って、
アメリカは景気が良くなってきた時で、
宅地開発をして都市化や郊外開発が進み、
消費生活が豊かになっていきます。

町の人々が近代的な生活へ向かっているところに、
カイヤの一家だけが湿地帯で暮らしているので、
他の住民たちと乖離します。

近隣にほかの住民がいない設定ですね。
湿地帯に住んでいるのはあの一家だけ。

ボートで、時々誰かとすれ違う程度です。

湿地では、貝を獲っていましたね。

自然と共生する生活は、自分にはできないかもしれないです。

虫が来そう。

『ウォールデン 森の生活』を思い出します。この本が出版されたのは1854年だけど、
刊行から約100年たった1950年代には、
アメリカ文学の古典として広く知られるようになっていました。

物質文明から距離を置き、
自然の中で生きるという考え方が、
この物語にも少し重なりますね。

改めて見て暗い気分になりました。
幼少期からあんな家庭で育って、
ようやくいい出会いがあったと思ったら、
置いてきぼりにされる。

ずっと孤独と戦っています。

悲しいですよね。

当時はDVという言葉もなかっただろうけど、ひどいね。

5人兄弟で、母親が出ていった後、
4人の兄や姉も一人ずつ家を出て、
最後に末っ子のカイヤが残される。

お父さんが嫌な奴なんだけど、
みんながいなくなったら、寂しそうにしているので同情しちゃって。
あかん、あかんって思い直した。

みんな、どこに行ったか分からなかったですね。

お母さんは、子供たち取り戻そうとしていたけど、
白血病で亡くなっちゃった。

カイヤはあそこから出て行かれない。
湿地帯に縛られています。
社会から心理的にも地理的にも、
ほとんど隔絶されています。

外の世界が怖いという言い方をしていましたね。
お父さんが「外と関わるな」と言って、
学校にも行かせてもらえない。
そしてある日、勇気を振り絞って学校に行く。

通学路で弁護士トムのような良い人が出てきます。
トムは最後に、ある事件で弁護してくれます。

トムは、カイヤにも学校へ行く権利があると教えてくれる、
トム好きだなあ。
弁護士を引退していたけど、
見るに見かねて救いの手を差し伸べてくれる。

あの2人の接点って、あの出会いだけだったんですかね。

通りすがりでね。

カイヤは覚えていた。
よっぽど外の世界との縁が切れていて、
知り合いも少なくて、
その中で優しくしてくれた数少ない人でした。

あと雑貨店の2人ですね。

雑貨店の店主は、
最初は奥さんに「あの子と関わるな」と言っていたのが、
終盤には「黙っていなくなったら心配するじゃないか」って、
良い人になっていた。

雑貨店の二人は、
カイヤと町を結ぶ数少ない生活上の接点です。
雑貨店で貝を買ってくれて、
パンを買って命を繋いでいく。

一方、テイトから文字を教わったことが、
知識や学問の世界への入口になります。
テイトからいろんなものをインプットしていきます。

カイヤは、自分を捨てていく人や裏切りに対して敏感ですね。

カイヤを理解する雑貨店の二人や弁護士のトム、
そして友人であり恋人でもあるテイト――
数は少なくても、
そういう人たちがいたことは救いだったのかもしれない。

テイトとの出会いがなければ、
後に本を出版することもなかったでしょうね。

今回の談話は「お家」がテーマです。
カイヤの家はユニークですよね。
湿地帯にガラス張りのオープンな感じでね。

指摘されるまで、
あの家のことは印象に残ってなかったですね。

不思議な家。
自然と一体感があるんだけども、
防犯的にはリスキーな家です。

あれは祖父が建てたのだった。

おじいちゃんが土地を購入していました。
別荘かなって思っていました。
ガラス張りで、水辺が近いからか、
ストーリーはめっちゃ暗いのに、鬱々しくない。

明るいお家だけども、
時々虫かごのように見えたり、
鳥かごのように見えたりします。

閉じ込められているわけか。

面白いデザインですよね。
おしゃれに見えるときもあるし、
表情がいろいろ変わるんですね。

カイヤは生涯を全うして、
ずっとあそこに住んでたわけですよね。

土地の権利を手に入れて、
手を加えていきますね。

最初、家の中はぼろっちい感じだったのが、
読み書きを覚え、研究を進めるにつれて、
絵や精密なスケッチが増え、
貝殻が飾られたり、
家がおしゃれになっていく。
ソファを買って、電気も通った。

窓の桟も赤くなってました。

街に出るにはボートしか移動手段ないですよね。

町との近さも微妙ですね。
すぐ行けるところでもなさそう。

テイトが大学に行く前に
「あそこのビーチで花火を見よう」って、約束しました。

テイトは「独立記念日には帰ってくる」と言っていたのに、
帰って来なかった。
あれはひどいですね。
一言連絡しないと。

そのくせ数年後に戻ってきて
「君を諦めきれなかった」って、
無責任すぎますよね。

テイトのお父さんはエビ漁師だけど、
家業を継がずに、
湿地帯の生き物の研究者になる。

テイトも湿地帯から離れられなかった。

結局、戻ってきたんです。
青年チェイスと対照的。
チェイスは終盤で親父の後を継いで支配人になった。

チェイスとの出会いは、
綺麗なビーチで若者たちがバレーボールをしていて、
その中の1人がチェイスだった。

カイヤは街ではチェイスに話しかけないように配慮していましたね。

ああいうグループの中にいたら話しかけにくいしね。

チェイスは婚約者もいてね。

コントラストが効いています。
湿地にいる化粧もしてないカイヤと
文明の中で生きている街の若者たち。

だいぶ色合いが違っていました。

カイヤはチェイスと付き合っても、相性が良くない。
カイヤが勉強しだすと知性が高くて、
そのことにチェイスが驚きます。

驚いているというか、鼻で笑っていました。
カイヤが「これ何々貝よ」って言ったら、
「ふうん、へっ」て、小馬鹿にする。

この頃はまだ女性蔑視や黒人差別がありました。
だから貧しく教育も受けていないと思い込んでいたカイヤに、
専門的な知識があることが意外やった。

そんな感じはしますね。
その前にカイヤの土地が狙われている件があったんで、
チェイスはそういう魂胆で近づいてきたのかなって思ったんですが、
そうではなかった。

土地を売れば、お金が入る。
そしたらカイヤは全然違う人生になっていたのかな。

でも湿地からは出て行かない。
カイヤは「湿地の娘」という蔑称で呼ばれています。

町中の人から「人ならざるもの」みたいな扱い方をされてね。
偏見のせいで、
後半の法廷が不利な方向に進んでいく。

チェイスは、次第にカイヤのお父さんと似たようなことを言い出しますね。
「お前は俺のもんだ」と。

最初はお父さんに対する復讐、
外の世界に対する復讐かなって思っていたんだけども、
そうじゃなくて、
自然の哲学、自分が生きるための手段。

カイヤは、自分の行為を
人間社会の善悪だけでは捉えていないように思います。

中盤で出版社の人たちに、
「生物の世界には善悪がない、一生懸命生きるだけ」
と説明します。

それがカイヤの哲学になって、
今まで一生懸命生きてきた。
そうした考え方が、
父親の暴力を生き延び、
チェイスの暴力から自分を守ることにもつながった。

出版社の人たちとの会食のシーンでは、
蛍の光の目的についても話していたんです。

一つは交尾相手を見つけるために、
もう一つは捕食するために獲物をおびき寄せる。
ラストのカイヤのモノローグでさらっと
「私は蛍」と言う。

私は、お腹をさする仕草を見て、
一瞬、妊娠を示しているのかなと思いました。

その後も、カイヤが気持ち悪そうにしてるとこでも
「えっ」て思ったんです。

あれはその蛍の話にもつながって、
カマキリのイラストも描いていた。
そう考えると赤ちゃんできていたという
一抹の可能性もでてくるかも。

物語のフォーマットは、教養小説で、
無学のあの子がどうやって世界と繋がっていって
知識、教養を手にして成長していくのか、
その中にミステリー要素が入る。

そして、最後に「生きる」という意味が浮き上がります。

そこまで丁寧に描かれていますよね。

タイトルのニュアンスも解釈が分かれますね。

「ザリガニが鳴くところ」っていう言葉が最初に出てきたのは、
お兄ちゃんが出ていくときに、
「お父さんにまた暴力を振るわれることがあったら、
ザリガニの鳴くところまで、遠くまで逃げるんや」
と言います。

だから安全な場所の象徴なのかなって思いました。

ニュアンスはそうです。
ザリガニって鳴かないじゃないですか。
鳴かないなら、幻の世界、架空の世界というか、
現実と離れたところ。

「安全な場所の象徴」とも、
「現実の社会から遠く離れた場所」とも取れますね。

主役のデイジー・エドガー=ジョーンズは1998年生まれ。
ドラマで注目を集めていた。
昨年夏ぐらいの『ツイスターズ』(2024)で主役。

ススティーヴン・スピルバーグが製作総指揮を務めた、
1996年の『ツイスター』に連なる作品で、
竜巻を題材にした映画です。

観ました。同じ女優だと気づいていなかった

グレン・パウエルが相手役、
『ツイスターズ』のデイジー・エドガー=ジョーンズは好きなタイプの女性。

元々学生の時から竜巻の研究をしていて、
ある日仲間が全員竜巻に巻き込まれて死んじゃって、
トラウマを乗り越えるべく、
もう一度巨大竜巻に立ち向かう話。

グレン・パウエルが演じるのは、
動画配信で人気を集めるストームチェイサー集団のリーダーです。

その人と手を組む。

最初は「何だあいつ」みたいな感じのよくある展開。
B級パニック映画で意外とよくできていて僕は感動しました。

『ザリガニ・・・』で唯一知っていたのが、
チェイス役のハリス・ディキンソン。

この人は『キングスマン:ファースト・エージェント』(2021)で、
キングスマンを生み出すきっかけになった
レイフ・ファインズ演じる主人公の息子役で、
めちゃくちゃいい人でした。

自ら第一次世界大戦に出征し、
仲間を救う活躍をするものの、
敵陣から戻ったところをドイツ兵と誤認され、
味方に撃たれてしまいます。

あとアカデミー賞にもノミネートされていた
『逆転のトライアングル』(2023)。

豪華クルーズ船が難破して無人島に漂着、
名もなき掃除のおばちゃんがサバイバル力を発揮して、
カーストが逆転して、
ハリス・ディキンソンがそのおばちゃんにいいように使われる。

最近だとA24『ベイビーガール』(2025)で
ニコール・キッドマンと共演していました。

弁護士トム役がデビッド・ストラザーン。
『GODZILLA ゴジラ』(2014)にも出ています。

主題歌がテイラー・スウィフトなんですよね。
この世界観に沿った歌詞でしたね。

曲調もマイナーで、メロウで、
湿地帯に合っているね。

Eくん

年間 120本以上を劇場で鑑賞する豪傑。「ジュラシック・ワールド」とポール・バーホーヘン監督「ロボコップ(1987)」で映画に目覚める。期待の若者。

キネ娘さん

卒業論文のために映画の観客について研究したことも。ハートフルな作品からホラーまで守備範囲が広い。グレーテスト・シネマ・ウーマンである。

検分役

映画と映画音楽マニア。所有サントラは2000タイトルまで数えたが、以後更新中。洋画は『ブルーベルベット』(86)を劇場で10回。邦画は『ひとくず』(19)を劇場で80回。好きな映画はとことん追う。

夕暮係

小3の年に「黒ひげ大旋風(1968)」で劇場デビュー。開演に照明が消え気分が悪くなり退場。初鑑賞は、あーなんと約3分でした。シネマの黎明期から最新作までの系譜を追求。

デイジー・エドガー=ジョーンズ
デヴィッド・ストラザーン
検分役の音楽噺 ♫

今回取り上げられている『ザリガニの鳴くところ』ですが、テイラー・スイフトが唄う主題歌が話題で取り上げられていました。
「キャロライナ」というこのナンバー、テイラー自身が先に本作の原作小説を読んで感銘を受けていて、映画化の話を聞いた時に音楽面で関わりたいという経緯があったとのこと。
アンニュイですがベースはカントリー調のナンバーで、本作を締めくくるのにピッタリだったかと思います。

一方、本作の劇伴を担当したのはカナダ出身の作曲家、マイケル・ダナです。
弟のジェフ・ダナも作曲家で共作もありますが、ドラマティックな音楽を書く方でファンも多い作曲家の一人です。
有名な作品では『17歳のカルテ』(99)、『リトル・ミス・サンシャイン』(06)、ピクサーのアニメで個人的に大好きな『アーロと少年』(15)や『2分の1の魔法』(20)など。
2012年には『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』にて、アカデミー賞作曲賞でオスカーを受賞しています。

先のテイラー・スイフトの主題歌はテイラーの書き下ろしですが、劇伴よりも先にできていたようで、劇中でこの主題歌をマイケルはアレンジして劇伴として使っています。
雑貨屋の黒人夫婦が、殺人容疑で収監されたヒロインのカイヤに服を差し入れするシーンで、この「キャロライナ」のメロディが流れてきます。

面白いのは、本作でマイケルが劇伴で試みたのが、貝でできた楽器(わかりやすいところでいえばホラ貝のような)を演奏で使っていること。
なぜ貝の楽器なのかは、劇中でカイヤが貝を捕って生活の糧にしているからなんですね。 この音色が、本作の舞台となるノース・キャロライナの湿地帯と、そこに暮らすカイヤの心情を見事に表現していて、絶大な効果を上げています。
言われなければそれが貝の楽器とはわからないでしょうが、今後本作を観る機会があれば、ぜひ劇伴にも耳を傾けていただきたいです。

カロライナ
リトル・ミス・サンシャイン
ウォールデン 森の生活
『ウォールデン 森の生活』(1854年)は、アメリカの小説家、詩人、哲学者、自然学者であるヘンリー・ダヴィッド・ソローの著作。ソローは大学を卒業した後、コンコードの公立学校で教師を務め始めたが、教育制度に失望し、2週間で辞めた。やがて学生時代に熟読した『自然』の著者で超絶主義者のラルフ・ワルド・エマーソンらと親交を結んだ。ウォールデン池畔の森の中に丸太小屋を建て、自給自足の生活を2年2ヶ月間送る。『ウォールデン 森の生活』は、その記録をまとめたものであり、1845年に出版した。その思想は後の時代の詩人や作家に大きな影響を与えた。人間の本質的善性や神性を信じ、自然と人間が深く結びついていると考えた。

映画 「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」 カラフルな家と貧困

監督:ショーン・ベイカー
脚本:ショーン・ベイカー、クリス・バーゴッチ
日本公開:2018

〈Story〉
夏休み、ムーニーは母親のヘイリーと、ウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートにほど近いモーテル「マジック・キャッスル」で暮らしていた。ムーニーは、真下の部屋に住むスクーティ、隣のモーテル「フューチャー・ワールド」に住むディッキーを遊び仲間としていた。
ある日、3人は新しい滞在者の車を見つけ、2階の廊下から車に向かって唾を飛ばし始める。車の所有者であるステイシーに気づかれ逃げようとするが、ディッキーは彼の父親に見つかって、ムーニーたちと遊ぶことを1週間禁じられる。
ムーニーとスクーティはステイシーの車を洗いに行き、孫のジャンシーと知り合う。ディッキーは引っ越し、ムーニーはスクーティ、ジャンシーと3人で遊ぶようになる。
あるときは、配電室に入り込んでモーテル中の電源を落としてしまった。モーテルの管理人ボビーは、子どもたちの悪戯に手を焼きながらも、子どもやその親たちを見守っていた。
ヘイリーは職に就かず、安い香水をブランド香水の空き瓶に移し替えて観光客に売って収入を得ていた。母子の食事は、スクーティの母親アシュリーが働くダイナーから横流ししてくれるパンケーキだった。
ある日、ムーニーたちは廃屋に入り込んで火遊びをし、火事を起こしてしまう。。。

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2018)の監督は、ショーン・ベイカーです。
先日の第97回アカデミー賞では、彼の『ANORA アノーラ』(2025)が、作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、主演女優賞の5部門を受賞しました。
主演女優賞は、アノーラ役のマイキー・マディソンが受賞しています。

ベイカー自身も製作、監督、脚本、編集を担当していたので、一晩で四つのオスカー像を手にしました。
一晩で4部門を受賞した個人としては、1954年の第26回アカデミー賞で別々の4作品により受賞したウォルト・ディズニーと並ぶ最多記録です。
しかも、同じ一作品で4部門を受賞したのはアカデミー賞史上初だそうです。

この作品にも、ベイカー監督らしさは出ていますか。

ものすごく出ています。
僕は大学生のときに『フロリダ・プロジェクト』を観て、強く印象に残っていました。
まさか、その監督が後に四つものオスカーを手にするとは想像していませんでした。

物語は、主に6歳の少女ムーニーの目を通して描かれます。
ムーニーと若い母親ヘイリーが暮らしているのは、フロリダにある安いモーテルです。
もともとは観光客向けの宿泊施設ですが、住まいを失った人たちが、事実上の自宅として長期滞在しています。

モーテルの名前は「マジック・キャッスル」。
建物全体が鮮やかな紫色に塗られていて、周辺にも黄色や水色のモーテルが点在しています。
そこだけを切り取ると、ウェス・アンダーソンの映画や、『シザーハンズ』(1991)の住宅街を思わせるような世界です。

周りのお店も面白くて、例えば、建物の上に巨大なオレンジを載せた店や、大きな人形をかたどった土産物店があります。
街全体が、少し古びた遊園地のような外観なんです。
近くにディズニー・ワールドがあることも関係しているのでしょうね。

ディズニー・ワールドは、ディズニーランド級のテーマパークが四つあって、さらにウォーターパークや商業施設、ホテルなどもあります。

1日で回りきれるもんですか?

一つだけでも半日以上はかかるんで、それが四つもあって、しかも離れているところもあります。
中はモノレールや船で移動できるんですよ。

調べたら動物園みたいな、サファリパークみたいなエリアがある。

「アニマル・キングダム」ですね。
その中にサファリパークもあるし、動物にちなんだアトラクションやシアターやライド系があります。

町みたいになっているんですね。

だから、どこも時間がかかる。

ディズニー・ワールドの周辺の街ってご覧になってないですか?

空港からずっと行く道中というか、街並みというよりか、ほとんど道路やね。

幹線道路が映画の中にも出てきます。
その幹線道路沿いには、モーテルや観光客向けの土産物店が立ち並んでいます。
もちろんそのモーテルは観光客に泊まってもらうために作られたものなんです。
ところが現在は、住まいを失った人たちが長期滞在し、事実上の自宅として暮らしています。
ムーニーと母親のヘイリーも、そうした住民の一組です。

『フロリダ・プロジェクト』っていうタイトルは、ウォルト・ディズニー・ワールドの開発計画が「フロリダ・プロジェクト」と呼ばれていたことに由来します。
一方、アメリカでは “the projects” が低所得者向け公営住宅を指すこともあるので、観光開発の夢と、その足元にある住宅困窮を重ねた皮肉にも読めます。
ただし、劇中のモーテル自体は公営住宅ではなく、住宅を失った人々が長期滞在している民間の宿泊施設です。

日本の団地はまた違います。
日本では、高度経済成長のときに、都市化して人口が増えて、その人たちが満足できるような住居として開発されました。
有名な建築家が設計していた。
当時は高級な住宅で、団地は憧れだったんですよ。
当時と今の団地の感覚が全然違うんです。

当時は、そんなに憧れの場所だったんですか。

今の団地は、古くなって、メンテナンスがなかなかできないし、かなり老朽化している印象ですけれども、最初は違うんですよね。

マンションがなかった時代ですか。

そういうモーテルで、その日暮らしをしている親子が主人公です。
ムーニーは友人たちと隣のモーテルへ行き、2階から駐車中の車に唾を吐きかけます。
それをたまたま見かけたその車の持ち主が、もちろん怒って、「やめなさい」と注意します。
ところが、ムーニーは謝るどころか、「うるせえクソババア」って。
6歳よ、口悪い。

その後、車の持ち主が、ヘイリーに子供たちに掃除させなさいと怒る。
ヘイリーも「はい、はい、すいません」みたいな感じでのらりくらりとかわす。

ショーン・ベイカー監督の作品には、経済的に困窮した人や、世間から冷ややかな目を向けられる人を主人公にするという特徴があります。
貧困状態にある人物を、かわいそうな存在として単純化せず、欠点も楽しさも含めて一人の人間として描くのが、ショーン・ベイカーの特徴だと思います。

例えば、『ANORA アノーラ』だとストリップクラブで働く女の子が主人公で、
『レッド・ロケット』(2023)の主人公は、元々はポルノ映画の男優で、落ち目になった設定です、
『タンジェリン』では、トランスジェンダーのセックスワーカーたちを主人公にして、プロの俳優だけでなく、演技経験のない人も積極的に起用しています。

ある意味、ドキュメンタリーチックな描き方もしている。
だから、お上品とは決して言えないから最初に観たときはびっくりすると思う。
でもそれらの作品に比べるとこの『フロリダ・プロジェクト』はその6歳の女の子の目を通して描いているから、まだマイルドな方かな。

ムーニーと母へイリーは仲良くて、一緒に出かけたり、一緒にご飯食べたり遊んでいるシーンもたくさん描かれていて決して悲観的には描いていない。

モーテルの管理人として出てくるのがウィレム・デフォーで、顔が怖くて、いつもしかめっ面でね、ムーニーたちがいたずらをすると、すぐに飛んできて叱ります。
一見怖そうだけど実は誰よりも子供思い。

ヘイリーは、お金もないのにどうやって暮らしているのか。
これがまたすごくて、ディズニーワールドが近くにあるから、観光客が来る、
中には「ディズニーワールド」の中の「マジック・キングダム」と取り違えて、このモーテルを予約してしまった夫婦がいてね、
「ディズニーワールドかと思ったら全然違う。何だ、このボロアパート」という言い方されちゃって、
卸売業者から香水を安く仕入れて、観光客に売り歩いているんです。

ご飯はムーニーの友人のスクーティって男の子の母アシュリーとヘイリーも仲が良くて、
その人が働いているダイナーで、余ったご飯を分けてもらって食べている。

「マジックキングダム」は一番メインパークなんですよね。
そこは「東京ディズニーランド」のような規模なんです。

これも面白いエピソードでね。
ムーニーに唾を吐きかけられた車の持ち主がお孫さんの女の子ジャンシーと一緒に住んでいて、ジャンシーとムーニーが仲良くなる。

ムーニーとスクーティとジャンシーで、ソフトクリームを食べに行く話があって、そのソフトクリーム屋がソフトクリームの外観をしたお店で面白い。
そこでムーニーがジャンシーに、「実はこのソフトクリーム屋さんは、ただでソフトクリームにありつける方法がある」って言う。

そんな馬鹿なと思いながら見ていたら、観光客らしき人がそこでソフトクリーム食べていると、ムーニーが駆け寄って、「お金が足りなくなったからちょうだい」って言って恵んでもらう。
どうやら常習犯らしくて、それを見たジャンシーが衝撃で、ドン引きしているのが面白い。

ちなみにこの物語は夏休みの出来事で、ムーニーたちが学校に通っているシーンが一切描かれてない。

管理人ボビー(ウィレム・デフォー)がモーテルの外壁をペンキで塗っていると離れたところでモーテルの子供たちが遊んでいる。
そこに、見知らぬ男がふらっと近づいてきて、「炭酸水を飲みたいんだけど近くに自販機あるかな」って話しかけて、
それを見たウィレム・デフォーが作業を中断して急いで男に近づく、
「自販機なら、俺が場所を教えてやるよ」と言って、その男を子どもたちから引き離します。

普段は子供たちを叱ってばっかだけど、危険な状況にいち早く気づいて、守ってくれる存在。
アカデミー賞でも助演男優賞にノミネートされた。

ウィレム・デフォーは、『アクアマン』では、主人公を導く参謀役でした。
『永遠の門 ゴッホの見た未来』では、ゴッホを演じてました。

『スパイダーマン』のグリーン・ゴブリン役。
いろんなとこに出ているなってイメージですね。

ムーニーと母親のヘイリーは楽しく暮らしていますが、それも次第に終わりに近づいていくとね。
その中のきっかけになるエピソードがあって、
ムーニーがスクーティやジャンシーを誘って、近くにある建設途中で放置されたコンドミニアムに忍び込みます。

そこで遊び半分で火をつけた結果、建物全体が燃えるほどの火事になります。
火事を聞きつけてヘイリーが、1人はしゃいいでる。
もちろんムーニーもぎこちない笑顔で火事を背景にスマホで写真撮るシーンもあって、
そのときも気まずそうな顔をしているムーニーが印象的。

アシュリーに三人が犯人だとばれちゃう。
アシュリーから「ムーニーと遊ぶな」と言われて、ヘイリーも避けられちゃうような関係になっちゃって。

この後、ヘイリーはムーニーが火事を起こしたことを知らないまま、一方的に距離を置いたアシュリーに対してブチギレて、
ムーニーと一緒にアシュリーが働いているダイナーに乗り込んで、
「ここにある好きなものをいろいろ注文していいよ」って言って、
店の中でやりたい放題して、
食べるだけならまだしも、「ゲップ大会にしよう」って言って、親子で大きなげっぷをする。

最終的にたくさん残したご飯を持ち帰るから包んでって、嫌がらせをする。
今までアシュリーからダイナーで廃棄予定の食事を分けてもらっていたのをもらえなくなっちゃって生活はますます苦しくなっていきます。

冒頭からヘイリーとムーニーが遊んでいるシーンが多々ある中で2人で一緒にお風呂に入るシーンが描かれている。
それが終盤には、ムーニーが1人でお風呂に入っているシーンが何回も挿入される。
しかもスマートフォンから大音量で音楽を流している。

その後、その管理人が夜にムーニーとヘイリーの部屋から見知らぬ男の人が出てくるのを見る。
ヘイリーが売春で日銭を稼いでいた。
そのお金でムーニーをおもちゃ屋へ連れていくシーンもあります。

シングルマザーですよね。

お父さんは一切描かれない。
こうしたモーテルには、住まいを失った子連れの家族も少なくないそうです。
あんな楽しい「ディズニーワールド」麓でね。
全く別世界ですよね。
びっくりしました。

建物もカラフルな遊園地みたいな外観のお店が並んでいて楽しいんだけど、
そこに住んでる人たちは言うなれば、外からは見えにくい貧困状態にある人々。

家に連れ込んだ客の荷物からディズニー・ワールドの入場パスにあたるマジックバンドを盗み、
それを別の観光客に売ったことが発覚して、トラブルになります。
だんだん追い詰められていく。

追い詰められたヘイリーはアシュリーを頼りますが、
違法な行為を非難されて激昂し、殴りかかってしまいます。

最初は別にいつも平然としたムーニーも母親と離れるってなると、
母親と引き離される現実に直面し、
それまでほとんど弱い感情を見せなかったムーニーが、
母親と引き離される現実に直面した瞬間、激しく取り乱します。

「いやだ、絶対に離れたくない」と泣き叫び、その場から逃げ出します。
ジャンシーに「このままやと離れ離れになっちゃう」って訴える。

それを聞いたジャンシーはムーニーの手を引いて駆け出す、
ジャンシーはムーニーの手を取って走り出します。
そして、二人がある場所へたどり着いたところで映画は終わります。

ショーン・ベイカー監督の作品は、余韻を残すラストというか、
観客に明確な答えを与えず、現実の途中でふっと手を離すようなラストで、
それを監督があえてやっているみたい。

そういう余韻を残すことで、貧困問題、格差問題を考える機会として受け止めてもらいたいのかと。

ほかの作品でも、最後に突き放されるような感覚がありますか。

急にドーンと。
『ANORA アノーラ』もすごかったんです。

『ANORA アノーラ』はストリップクラブで働いている女の子アノーラがある日、
お金持ちのボンボンに急に結婚しようと言われてノリで結婚しちゃう、
そのボンボンの親御さんがそんなことは許さないって言って止めに来るっていう話。
でも余韻を残す、考えさせられるラストでした。

この『フロリダ・プロジェクト』はもう一部を除いて、BGMがなくて、
でもまるでドキュメンタリーを見ているような、
子供たちもカメラを意識せずに普段通りの姿で、
現実を切り取っているような描き方で、
本編は主に35ミリフィルムで撮影されていて、
そこで描かれているモーテルの色も相まって、柔らかい色調の映画でね。

でも最後にムーニーとジャンシーが駆け出すシーンだけカメラが変わる。
それまで被写体に対してある程度距離を置いたのが、
急に手持ちカメラみたいに、駆け出す2人を後からぐっと近づくような感じで撮ったのがiPhoneですって。

だからラストだけ全然他のシーンと映像の雰囲気が違って、
ちなみに『タンジェリン』は全編iPhone。
だから大型の映画用カメラとは違う、身近で即時的な質感がある分、
被写体との距離が近く感じられます。

日常の切り取りを演出したいんですかね。

最近のiPhoneは4Kだったりするもんね。

最近、是枝監督が短編映画を全編iPhoneで撮影していました。
『シン・仮面ライダー』の庵野秀明も一部iPhoneで撮ってるシーンあって、
普段僕たちが身近に使っているものだと思うとすごいですよね。

確かにそれだけ進化しているんですね。

そう考えると、映画の要諦は道具じゃない。

元々監督も「ディズニー・ワールド」の周りで裕福でない人たちが暮らしているってことは知らなかったみたいで、
共同脚本家のクリス・バーゴッチが、オーランド周辺に住む母親を訪ねた際、
モーテルの駐車場で遊ぶ子どもたちを見かけたことが企画のきっかけになったそうです。

その後、二人で現地を取材し、長期滞在者の暮らしを調べました。

俳優陣の選び方も面白くて、
ウィレム・デフォーは別格として、基本的に演技未経験の人を起用した。

ムーニーのお母さんヘイリー役は、元々アパレルブランドを展開している人で、
たまたまInstagramでその彼女の写真を見つけてオファーした。

スクーティ役のクリストファー・リヴェラは、実際にモーテルで暮らしていた子どもで、
地元のオーディションで起用されたそうです。

『レッド・ロケット』の主演サイモン・レックスは、
若い頃に成人向け映像への出演歴があって、
その後はMTVのVJや俳優、ラッパーとして活動していました。

俳優としての仕事が減っていた時期にショーン・ベイカーから声をかけられて、
『レッド・ロケット』が再評価のきっかけになりました。
それを生き生きと描いているから憎めなくて、面白かった。

豪華俳優陣を起用しないで、低予算のインディペンデント映画に徹する。
アカデミー賞の会場でもそんなこと言っていました。
インディペンデント映画や映画館の重要性を訴えていました。

だからこの人は一貫して、そうしたインディペンデント映画を撮ってきました。
多分今後も変わらないんだろう。

ショーン・ベイカーが是枝監督の『誰も知らない』を映画の参考にした。

それはよくわかるかも。
『誰も知らない』は、大きな流れだけは作って、あとは演技プランもなく自由にやらせる。
それをずっと撮っていて、あとは編集で繋いでいく。

だから演技指導しないんですね。
ショーン・ベイカーの場合は意外と逆で、細かな台詞や動きまで演出しているそうです。
そのうえで、子どもたちが自由に即興できる余地も残しています。

是枝監督の作品には、偶然に撮れた、自然なシーンが出てきます。

「フロリダ・プロジェクト」は、面白おかしく描いているわけじゃないけど、
笑わせるシーンもあって、
かといって悲劇的な描き方でもないしショーン・ベイカーなりの優しさが滲み出ている作品。

リアリズムを追求しているような気もする。

悲劇の当事者というレッテルだけを貼らず、
その人たちにも笑いや日常があることを描いているんですね。

まさにそういうことをインタビューで答えていました。
インディペンデント映画に徹して、オスカーを獲得しても、そのスタイルが一切ぶれていない。

フロリダって不思議な州ですね。

どんなところですか。

フロリダはアメリカ南東部の州で、キューバにも近く、
マイアミやビーチリゾートで知られています。
一方、映画では『スカーフェイス』のように、麻薬犯罪の舞台として描かれることもあります。

暑い地域なので、服装にも南国的な雰囲気があります。
湿地帯が多くて、ワニが生息している。
アメリカの都市部とは、かなり雰囲気が違います。

今回の談話のテーマが「家」で、色とりどりのモーテルを思い出して、それで選びました。
それとショーン・ベイカー監督の作品。
なかなか見返すとこんなに面白くて、新たな発見がありました。

ポスターはよく見ました。
ストーリーが意外でした。

「真夏の魔法」っていう副題。
そんな軽いものでないんですよ。

昔見たときは意外な感じがしたな。
ドラマチックじゃないところが衝撃的でした。

そうなんですよね。
ショーン・ベイカー監督は気のよさそうなお兄さんという感じでハンサムです。

ウィレム・デフォー
ブリア・ヴィネイト

(対話月日:2025年7月24日)

上部へスクロール