Coming Soon
滅びゆく時代だったり公開当時が反映されていたり。
映画はさまざまな時代を描いています。
映画 「ノーカントリー」 消え去りし古き良きアメリカの時代
監督・脚本:ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン
原作:コーマック・マッカーシー
公開:2008年
〈Story〉
ルウェリン・モスは狩りの最中、偶然に、アメリカン・ギャングとメキシコ・ギャングによる麻薬取引の現場に出くわし身を隠す。
交渉は決裂し銃撃戦の末、全員死亡。モスは200万ドルの入ったカバンを発見し、家に持ち帰ったが、瀕死の男が気になり、深夜に現場に戻る。
しかしギャングの仲間が現場にきたため、車を残して逃げ出す。
ここから足がついてモスが金を奪ったことがギャングと地元の老保安官ベルにも知られる。アメリカン・ギャングのボスは殺し屋アントン・シガーに金の回収を命じる。
モスは妻のカーラを彼女の実家に避難させ、郊外のモーテルに身を隠す。ところがカバンには小型発信機がついており、シガーに居場所がばれていた。。。。
〈受賞〉
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞:作品賞、アンサンブルキャスト賞、脚色賞
ワシントンDC映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、アンサンブル演技賞
ニューヨーク映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
ニューヨーク映画批評家オンライン賞:助演男優賞
ボストン映画批評家協会賞:作品賞、助演男優賞
シカゴ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞)
サンフランシスコ映画批評家協会賞:監督賞
サテライト賞:作品賞(ドラマ部門)、監督賞
サウスイースタン映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、脚色賞、助演男優賞
ダラス・フォートワース映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
オースティン映画批評家協会賞:助演男優賞、脚色賞
サンディエゴ映画批評家協会賞:作品賞、助演男優賞、撮影賞、アンサンブル演技賞
フェニックス映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、アンサンブル演技賞、撮影賞、脚色賞
トロント映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
ラスヴェガス映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
フロリダ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、撮影賞
ユタ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚本賞
セントルイス映画批評家協会賞:作品賞、監督賞
デトロイト映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
オクラホマ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
ヒューストン映画批評家協会賞:作品賞、助演男優賞、名誉テキサス人賞
カンザスシティ映画批評家協会賞:助演男優賞、脚色賞
放送映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
オンライン映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞、撮影賞、編集賞
USCスクリプター賞:脚色賞
ゴールデングローブ賞:助演男優賞、脚本賞
セントラルオハイオ映画批評家賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞
アイオワ映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、助演男優賞
全米監督協会賞:監督賞
ノーステキサス映画批評家賞:監督賞、助演男優賞、撮影賞
全米映画俳優組合賞:助演男優賞、アンサンブル演技賞
全米製作者組合賞:長編映画賞
ロンドン映画批評家協会賞:作品賞、英国助演女優賞
オンライン映画&テレビジョン協会賞:助演男優賞、アンサンブル演技賞、脚色賞、編集賞
アメリカ脚本家組合賞:脚色賞
英国アカデミー賞:監督賞、助演男優賞、撮影賞
アカデミー賞:作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞
Eくん
年間 120本以上を劇場で鑑賞する豪傑。「ジュラシック・ワールド」とポール・バーホーヘン監督「ロボコップ(1987)」で映画に目覚める。期待の若者。
キネ娘さん
卒業論文のために映画の観客について研究したことも。ハートフルな作品からホラーまで守備範囲が広い。グレーテスト・シネマ・ウーマンである。
検分役
映画と映画音楽マニア。所有サントラは2000タイトルまで数えたが、以後更新中。洋画は『ブルーベルベット』(86)を劇場で10回。邦画は『ひとくず』(19)を劇場で80回。好きな映画はとことん追う。
夕暮係
小3の年に「黒ひげ大旋風(1968)」で劇場デビュー。開幕し照明が消えると、大興奮のあまり酸素が不足し気分が悪くなって退場。初鑑賞は、あーなんと約3分でした。映画の黎明期から最新作までの系譜を追求。
コーエン兄弟の話題作って多いですね。
賞レースとかで多いですね。
玄人受けするような作品ね。
『ファーゴ(1996)』と『ビッグ・リボウスキ(1998)』しか観たことないです。
『ノーカントリー(2008)』は、第80回アカデミー賞で作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞を受賞しています。
助演男優賞がハビエル・バルデム。
お金を持って逃げるモス(ジョシュ・ブローリン)とベル保安官(トミー・リー・ジョーンズ)が、この3人が物語の中心ですね。
アントン・シガー(ハビエル・バルデム)が極端に注目される作りになった感じですね。
『ノーカントリー』っていうタイトルは、古き良きアメリカが理想とする人間であるベル保安官が引退する、それは居場所がなくなったという意味だと思いました。
原題は、『No Country for Old Men』でしたね。
このOld Menがベル保安官で、モスは今のねじれたアメリカを生きていこうとする現代の人間ですね。
モスは戦おうとしないんですよね。
ずっと逃げてばっか。
古き人間と今の人間っていう構図が見えますね。
そこは対比されている。
シガーは別格ですよね。
印象としては、今のアメリカって、不平等のオンパレード、人種差別もあれば、性差別もあるし、政治や経済格差もあって、その中でこのシガーは誰彼構わず平等に、格差社会のアメリカを超越するように、運命をコイントスだけで決める。
そういう切り口かなって思ったんですね。
フラットに誰でも、コイントスで助けて、コイントスで殺す。
最初にコイントスしたガソリンスタンドの店員は助かりました。
他の人はほとんど殺されていくんですね。
シガーはそういう意味で死神のような存在です。
異質な存在です。
別格のキャラクターですよね。
『ノーカントリー』では物語の背景が昔の時代を思わせます。
物語のイメージを都会じゃない背景の中で描いています。
見た目は昔ながらのお金を争う西部劇みたいな感じでした。
それが表現できるのが、辺境地域、アメリカとメキシコの国境あたりで、あそこを舞台にするから、古い雰囲気も持たせつつ、今のアメリカも描けています。
実際にあんな感じなんですかね。
他の映画では、あの舞台は治安の悪そうな描き方をされている。
『ゲッタウェイ(1973)』だったら、スティーブ・マックイーンとアリ・マックグロウが最後に行く場所で、死に場所のイメージで描かれていました。
よく言われるのは、車で逃げていく時の両側に並んでいる電柱が十字架に見える。
そういう理由でそこを選んでいる。
昔は「国境の南」と言っていたんですね。
「South of the Border」っていう明るい歌もある。
理想郷への入り口。
あの辺が舞台になっているのにも意図がある。
原作は小説でしたっけ。
国境地帯を舞台にした小説が多いらしいです。
コーマック・マッカーシーの国境三部作には、『すべての美しい馬』『越境』『平原の町』があります。
『血と暴力の国』(『ノーカントリー』の原作)も同じ国境地帯を舞台にしています。
いくつか映画化しているみたいで、知らなかったです。
この国境地帯でメキシコのギャングとアメリカのギャングが麻薬の取引をする。
モスがたまたま狩猟でそこへ行ったら、事件の後でした。
いいなと思ったのが、血の跡で誰か1人が生き残っているのが分かって、追跡するシーンが丁寧に描かれていること。
国境の辺りの風景、夜明けの時間帯。
遠くの丘の上の木陰に誰かがいるのを見つけて、そっと近寄っていく。
あの辺りの描き方がいい雰囲気ですね。
実は行ってみたら、その人は亡くなっていて、大金がある。
そこからですよね。
大金を持って逃げるシンプルな話が始まる。
ずっとそれですよね。
びっくりしました。
シガーがモスを追いかけて行く。
カバンの中に発信機があるから追跡されます。
けれども、最初のモーテルに泊まって、モスは発信機があることを知らないんだけれども、念のために通気口にカバンを隠して部屋を空ける。
その間にメキシコギャングが来て、シガーも来る。
他のギャングも、やっぱり発信機で来たってことですか。
発信機は誰が仕掛けたんですかね。
発信機は、最初からそのお金を取り戻すつもりでアメリカギャングが仕掛けていた。
支払った後で、メキシコギャングから回収するつもりだったのかな。
シガーの空気銃は、牛とか豚とかをあれで殺すってことですよね。
圧縮空気の威力で牛の頭蓋骨を貫通させて、苦しめずに殺す。
それを人体に。
特殊な装置で、殺し屋の容貌も異質に描いています。
ガソリンスタンドの店員と会話がかみ合ってないので、何の話をしてるんやろうって、めっちゃ怖かったですよ。
殺されなくてよかった。
それも演出だと思います。
『サイコ』を思い出したのは、後半で主役であるはずのモスが殺されるんですね。
あっさり、ギャングに襲われた。
ベル保安官が現場へ着いた時には、もうモスは死んでいた。
あの展開も普通の映画じゃないです。
あそこまでシガーと渡り合って苦労して、でもこの物語では簡単に殺される。
そこが『ノーカントリー』かもしれない。
『サイコ』との類似は私も思っていて、卒論の時に『サイコ』のことを書いていたんですよ。
観客が誰に感情移入するか。
『サイコ』で言うと、マリオンが途中で死んでしまって、次に観客が感情移入する先がノーマンになるという本を読んだんですよね。
実はそういう撮影方法で、情が動いてしまう。
『ノーカントリー』も型が似ています。
『サイコ』は主人公が殺される瞬間を観客が見ていて、『ノーカントリー』はモスの死が後で分かる。
それを見つけたベル保安官に感情がシフトする瞬間を分かりやすく描いている感じもあるし、『サイコ』で言うと、モスを殺したシガーに感情が移る人もいるかなと思って面白いと思いました。
シガーは、感情移入しにくい冷徹な描き方をしています。
3人の背景が描かれてない。
モスは奥さんらしき人がいるくらい。
あんまりどの人物にも感情移入しませんでした。
ずっと第三の傍観者として観ていたな。
僕はモスに感情が入っていたかな。
奥さんの話もあるので。
後半でシガーとは別に、殺し屋ウェルズが雇われるけど、シガーにあっさり殺されます。
どうやって殺されるんでしたっけ。
アメリカギャングの方のボスがお金を回収するために、別にウェルズを雇いますが、シガーと対決してあっさり殺されてしまう。
ウェルズはモスに「お金を返さないと、あいつ(シガー)は怖いぞ」と言う。
テンガロンハットの人ですね。
モスはウェルズに電話するんですよ。
ウェルズを殺したシガーが電話に出る。
そこで「お金を返さないと、お前の奥さんを殺すぞ」と言う。
それで聖書のような契約が成立してしまう。
だから最後にシガーが奥さんのところに現れる。
奥さんだけはコイントスは受けなかった。
あれは、殺されていますよね。
殺されたという解釈が多いですが、観客に理解を任せていると思いたいです。
直接は殺された描写とかはないんです。
シガーが家から出てきて、自分の靴の血を拭いていたので、奥さんは殺されている。
そういうふうにも見えたよね。
あのシーンで終わるかと思ったら、最後のシーンはベル保安官で、そこに感情を持っていくんですね。
ラストシーンも難解でした。
語っていた内容がどういう意味なんやろうって含ませましたね。
自分のような古き人間が生きる時代じゃないって引退を決意する、ベル保安官の物語でした。
最初もベル保安官のモノローグから始まりました。
秀逸なシーンは、終盤でモスとシガーが撃ち合って、両方が怪我をして、モスは撃たれて、あの場から逃げるんですよね。
夜を越えて、朝目が覚めたら目の前でマリアッチ(メキシコの楽団)が演奏している。
通りすがりの若者からシャツを買う。
終盤に、モスの奥さんのお母さんがタクシーから荷物を取り出そうとしていて、その時に話しかけてくる若者がいたじゃないですか。
「どちらのホテルまで」。
あの人って殺し屋だったんですか。
お母さんは死んでますよね。
そう思います。
だからスパイみたいな人かと。
どこのホテルに泊まるのかを聞き出して、怪しい感じでした。
だからそこを襲撃されたわけか。
シガーが最後、死んだんかどうかもよく分からない。
救急車を呼ぼうかと言ってくれたのに、無視してどっか行く。
面白かったです。
ベル保安官はずっと置いてけぼりで、あんまり活躍しなかった。
そうなんですよ。
だから見ようによっては、途中までは要らないような。
結局、無力なんですね。
だから引退する。
正義の時代じゃなくなっている。
終盤で車椅子の人がいました。
あれが誰なんやろ、お父さんじゃないしね。
ベル保安官の夢に現れたお父さんですね。
感情がむき出しになるシーンがあんまりないんじゃないですか。
淡々と観る感じです。
殺し屋の暴力シーンは、今のアメリカの現状をも超越する力を表現するために、圧倒的な暴力で殺していく。
歴代のヒール役では、あんな人はいないかもしれない。
シガーの顔はネットで画像が出回っている。
髪型が特徴的です。
トミー・リー・ジョーンズと監督のアイディアで、この髪型になったそうで、ハビエル・バルデムはあまり乗り気じゃなかった。
ハビエル・バルデムは『DUNE/デューン 砂の惑星』に出ていましたね。
ベニチオ・デル・トロとそっくり。
ハビエル・バルデムはスペイン人、ベニチオ・デル・トロはプエルトリコ人です。
濃度が似ているね。
ハビエル・バルデムって、ペネロペ・クルスの旦那さんなんですね。
『リトル・マーメイド』のトリトン王ですね。
『007 スカイフォール』に出ていました。
ヴィランね。
本人はこういう暴力的な映画は苦手だって。
だいぶ役柄と違う。
意外と悪役をする俳優は優しい人が多いね。
あえてサイコな感じを出すために、のっそり動くようにしたとか、1個1個の動きが不気味ですよね。
落ち着いていて。
造形もそうだし、確かにこの役作りもね。
笑顔が怖い。
2008年の第80回アカデミー賞作品賞で、他にノミネートされていたのは、『つぐない』『JUNO/ジュノ』『フィクサー』『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』。
『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』は、ポール・トーマス・アンダーソン監督。
四冠ですね。
主演男優賞に、トミー・リー・ジョーンズが別の映画でノミネートされていますよ。
一番最初にトミー・リー・ジョーンズを観たのは『沈黙の戦艦』(1993)。
悪役で出てきて、長髪だったんですよ。
それが印象的でした。
トミー・リー・ジョーンズは、ハリソン・フォード主演作の『逃亡者』で助演男優賞を獲った。
その後、『追跡者』で主演。
この原作者は何度かノーベル文学賞の候補になっています。
コーマック・マッカーシーは、2023年に亡くなっています。
リドリー・スコット監督の『悪の法則』の脚本を書いている。
映画 「クレイマー、クレイマー」 父親が子育てに不寛容な時代
監督・脚本:ロバート・ベントン
原作:エイヴリー・コーマン
日本公開:1980年
〈Story〉
ニューヨーク・マンハッタン。仕事人間テッド・クレイマーは、家事と育児を妻ジョアンナに押しつけていた。ジョアンナは何か自分が打ち込める仕事をしたいと夫に相談するが、テッドはとりあわない。
やがて、ジョアンナはテッドに別れを告げ、テッドは7歳の息子ビリーと父子の生活を始める。
ビリーのために作ったフレンチトーストは、真っ黒。会社の仕事も家に持ち帰り、ビリーはその仕事を邪魔するかのように振舞う。二人は噛み合わなかったが、次第に協力して一緒に生活することを自覚し、二人の絆は深まっていく。
ある日、目を離した隙にビリーがジャングルジムから転落し大怪我を負う。息子に気を取られ仕事に身が入らないテッドは解雇される。
さらに、ジョアンナが養育権の奪還を裁判所に申し立てた。弁護士に相談するも、失業中のテッドが養育権を勝ち取る見込みはほとんどなかった。。。
〈受賞〉
第52回アカデミー賞:作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞、助演女優賞
第37回ゴールデングローブ賞:ドラマ部門作品賞、脚本賞、ドラマ部門男優賞、助演女優賞
第14回全米映画批評家協会賞:監督賞、主演男優賞、助演女優賞
第45回ニューヨーク映画批評家協会賞:作品賞、男優賞、助演女優賞
第5回ロサンゼルス映画批評家協会賞:作品賞、監督賞、脚本賞、男優賞、助演女優賞
第34回英国アカデミー賞:作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞
『クレイマー、クレイマー』(1980)を久しぶりに観て、大筋は覚えていたのに、こんなシーンがあったんやなと感じました。
原題が『クレイマーVSクレイマー』。
日本語の邦題と雰囲気が違う。
原題だと離婚裁判を描くイメージで、邦題は、自己成長や親子の絆を描くハートフルな作品のように聞こえます。
『テッド2』でね、テッドとマーク・ウォールバーグが闘争心を燃やすためにいろんな映画を観るシーンで、その中であげたのが『エイリアンVSプレデター』、『フレディvsジェイソン』、『クレイマー、クレイマー』。
あれは、原題が『クレイマーVSクレイマー』やったんだ。
なるほど、揃えてたんですね。
日本語のタイトルだと意味が通じなくなっちゃう。
1979年、第52回アカデミー作品賞受賞。
この時の候補作『地獄の黙示録』とか『オール・ザット・ジャズ』が僕好きなんです。
公開当時は話題になりました。
当時は、内容が斬新だったんですか。
今の僕たちから見ると、それほど珍しくは感じませんでした。
当時、このテーマはすごいです。
お父さんが子育てをするっていうことが多分、新しかったんだろうって思いました。
主人公テッドは仕事命の人だから結果的に奥さんに逃げられて、子育てしないといけない。
今の価値観なら、両方した方がいい。
父親の子育て感がまだなくて、仕事を一度退職します。
そこから両立するところを描いていて、主人公が成長する話。
初めて観た時とは、見る目線が違いましたね。
どう違ったの。
高校生ぐらいに観た時は面白いなって。
働き始めたら、自分やったら無理やなと感じちゃいました。
働きながら子供を育てるっていうことが大変そうで。
最初、テッドは自分の子供の学年も知らなくて、最後にどっちが親権を持つのかも納得でした。
子供にどっちについていきたいかを聞く描写がないんですよ。
ジョアンナ(メリル・ストリープ)が、子供の気持ちに気づいて考えた結末でした。
ダスティン・ホフマンも実生活で、この時ぐらいに離婚しているそうです。
メリル・ストリープの夫がジョン・カザールで、この映画撮影の前に亡くなっている。
大切な人を失うっていう点では、この映画とリンクする。
2人ともそんな背景があったら、演技に力が入ったのかなって想像しちゃいますね。
ジョン・カザールは『狼たちの午後』でアル・パチーノの相棒役。
『ディア・ハンター』でも共演していましたね。
涙のシーンが多いっていう印象でした。
ジョアンナが自分本位で出ていった感じで描かれていたんです。
裁判の時に、感情があらわになって、裁判に勝つんです。
詰めが甘い感じも出ちゃったり。
ジョアンナが家を出た後に何をしていたとか。
セリフでは語られていても、映像はない。
テッドが中心。
だからちゃんと喋れずに時間が経っていたような感じでした。
「今恋人いるの」で、黙っちゃったり。
「送り迎えは、ずっと近くの喫茶店から見てたよ」とか。
有名なのがフレンチトーストのシーン。
大学の時に真似して作ってた。
最初はできないのに、最後はちゃんと作れるようになる熱い展開。
最初のテッドが慣れていなくて、ずっとピリピリした感じが出ている。
短気な性格がわかりやすかったですね。
食卓のシーンも多い。
そういう時間が大切で、仕事が忙しくても、ご飯を一緒に食べる時間が2人にはあったのが良かったですね。
そういう点でいうと『花束みたいな恋をした』(2021)を思い出す。
仕事と大事な人との両立がテーマの原型。
『マリッジ・ストーリー』(2019)っていう最近の映画が、現代版『クレイマー、クレイマー』って言われているらしいです。
アダム・ドライバーと。
スカーレット・ヨハンソンが奥さん役で、子供が1人いる話らしいです。
モチーフは似ていて、時代背景が違う。
そうですね。
『クレイマー、クレイマー』の70年代って、日本と同じくアメリカも高度成長で、働くっていうことが評価される時代ですよね。
プロセスよりは結果。
テッドも広告代理店で大きなスポンサーを失ってしまっただけで首を切られたり、過酷な世界に生きているなって思います。
クビになって、次の日に仕事を決めるのに、失業していたら裁判で不利になるから、「今雇ってくれなかったら、いいです」と強気の面接をしたら通ってしまう。
奥さんよりも低い給料になってしまったことも、裁判で指摘されます。
そこの給料面とかよかったら、勝つ望みがあったかな。
短気な性格も、弱みと捉えられてしまう。
暴力的なことはしてないけど、短気な旦那さんに預けて大丈夫なのかと相手の代理人から批判されます。
ダスティン・ホフマンは人間らしい役が上手いね。
頼りがいがあるキャラとは言い難い。
おばかで、人間じみていてね。
どっかに親近感を覚えるようなキャラクターですね。
主演男優賞を獲っています。
『卒業』以降、この頃はダスティン・ホフマンの絶世期やね。
そうですね。
70年代、80年代。
流行りの俳優さんですか。
毎年、話題作に出ていました。
『真夜中のカーボーイ』(1969)では病弱な詐欺師役です。
最後、バスの中で失禁したまま亡くなる、悲しい映画。
『わらの犬』(1972)では、内気な数学者役。
とある地方に引っ越したら、周囲の人から陰湿ないじめを受けて、最終的にブチギレる暴力的な作品で、監督がサム・ペキンパー。
他にも『パピヨン』(1974)もありました。
ドガっていう役です。
マックイーンの相棒役。
最後は悪魔島に幽閉されます。
マックイーンは脱出する、ドガは島に残る。
確かにどれもいい味してる。
ナチスの残党に歯を拷問される映画が。
『マラソンマン』(1977)ね。
無理矢理口を開けられて拷問される。
『セールスマンの死』(1985)という作品があります。
有名な戯曲のドラマ化で、働いて働いて、でも家の中では家族とうまくいかない。
『クレイマー、クレイマー』みたいじゃないですか。
最後は悲惨な結果を迎える。
これはダスティン・ホフマンの代表作かな。
『レインマン』(1989)でも主演男優賞を獲っている。
すごいな。
どこか欠陥を持っているとか、短所を持っている人間らしい役がうまいんですよ。
自閉症の役柄でしたね。
今は表舞台には出ないんですかね。
コッポラの『メガロポリス』(2025)でちらっと出ているらしい。
主役はアダム・ドライバー。
87歳らしいです。
1937年生まれ。
メリル・ストリープは1949年生まれかな。
メリル・ストリープは今見ても綺麗だと思います。
やっぱ『クレイマー、クレイマー』を見ていたら、美人さんだなって改めて思いました。
当時はまだ駆け出しなんですか。
『ディア・ハンター』(1979)で助演女優賞ノミネート。
その翌年には、『クレイマー、クレイマー』で助演女優賞受賞。
ちょうど勢いに乗ってきた頃ですね。
毎年ノミネートされている印象。
確かにありますね。
『ソフィーの選択』(1983)で主演女優賞ですね。
母親が、当時ショックだったっていう話を聞いてます。
お母さんが見たら厳しい作品かも。
ユダヤ系で、子供が2人いて、ナチスの将校から、どっちかを渡せって選択を強要される。
ソフィーが泣く泣く選択をする。
汽車に乗せられる時かな。
『プラダを着た悪魔』(2006)はファッションの話ですね。
ファッション誌『ヴォーグ』の編集長の役で、めっちゃ厳しい人。
アン・ハサウェイが主人公で奮闘する。
『クレイマー、クレイマー』では、子役(ジャスティン・ヘンリー)も助演男優賞にノミネートされていた。
『クレイマー、クレイマー』がデビューで、最年少ノミネート。
『メタボ戦隊アホレンジャー』(2007)に出てる。
めっちゃ気になる。
『クレイマー、クレイマー』は原作小説もあるみたいですね。
夕暮れさんが前に、アイスを食べたくなるとか言っていましたよね。
フレンチトーストのイメージが強すぎて、ようやく観て思いました。
アイスを食べようとして、「口に入れたら怒るぞ」っていう、あのシーン。
あれも実体験みたいです。
ダスティン・ホフマンが離婚する前だから、娘とのやり取りとかあったのかな。
あの頃、日本にあんな大きなアイスがなかったんです。
なるほど。
多分それから一気に市場に出てきた。
流行ったんですね。
ダスティン・ホフマンは、当時オファーを受けた時、離婚調停中だったので嫌がっていた。
オファーを受け入れた条件は、自分の経験を脚本に盛り込むことでした。
その一つがアイスクリームのシーン。
他にも思いが込められたシーンがあるのかもしれない。
アカデミー賞には興味なかったと言ってた記事を読みました。
獲れちゃって有名になった。
結果的に生活のつらい出来事を乗り越えた。
作品賞、監督賞、脚色賞、主演男優賞、助演女優賞。
ノミネートも入れると、助演男優賞、助演女優賞、撮影賞、編集賞。
子供がジャングルジムから落ちて手術するシーンの痛々しい演技がすごかった。
見てられない。
麻酔なしで縫われているように見えて、そうなりますよね。
息子の頭をダスティン・ホフマンが押さえて、「大丈夫、大丈夫」ってやるんです。
こういうの見ると100%泣いてしまうので、しんどくなってきます。
やっぱ泣いちゃうんだ。
感情が揺れ動いているのを見ると。
よく「琴線に触れる」とかっていうのは、年齢を重ねると、心の琴線が一本一本増えていくような気がする。
今まで響かなかったシーンでも、細かい線が増えると響いてくる。
それと、観る時の状況も大きいかもしれない。
このタイミングでこれを観たらあかんな、っていうのはあるかも。
自分と重ねちゃったりとか。
今までで一番泣いたのが、『リメンバー・ミー』(2018)を観た時です。
その前に祖父が亡くなっていて、めっちゃ嗚咽しました。
あのシーンが来ると思ったらね。
そうなんですね、思い出し泣き。
どういう点で感動するかって、今ふと改めて考えてます。
ポジティブな泣きもあるかな。
登場人物が頑張っている様とかを見て、とか。
もあるし、何でもないこと。
これが幸せか、みたいな時。
それはわかるかな。
平和な会話をただしてる時。
なんでこんなところで響くんやろって。
感動っていう意味で言えば、『エブエブ』と最近だと『バービー』かな。
泣いたというよりは、ショックを受けた感覚に近いかもしれないですね。
上手じゃない脚本家が涙腺を狙ってきた時は、泣けない。
確かに「余命○年もの」とかってあるじゃないですか。
あれ系は意外と泣けなくて、オチがわかっちゃうっていうのもあるかもしれない。
お涙頂戴的なね。
段取りがあったら泣けないね。
ふいにこないとね。
自分は感情で観て、ストーリーばかり追いかけてしまう。
この人がどういうキャラクターとか考えるんです。
技術的に映画を見るようになりたいって思いました。
このカットの意味とか、面白いじゃないですか。
気づきたいって思いました。
でも、こっち側にカメラがあるとかっていうのが見えてしまうと、感情が入らないね。
『クレイマー、クレイマー』で泣く、っていうのは、メリル・ストリープに感情移入しちゃうってことかな。
そうですね。
描かれてない部分のさらに奥まで思いをはせてしまう。
映画の見方の話になっちゃいましたね。
夕暮れをやりだして、ちゃんとシーン単位で追いかけていくようになったかな。
僕はネットで検索して監督のインタビュー記事を掘り起こしたり、本やパンフレットを買って読んだりして、そのプロダクションで制作されるようになった背景とかを調べるのが楽しくて。
賞を選ぶ人って、どういう基準なんやろうとか思いますよ。
こういうのってポイント制なんですかね。
評価項目があって、「この部門は5点」とか、そういう決め方なんですかね。
アメリカのアカデミー賞は、作品賞以外は部門ごとに投票する人が違って、俳優賞なら俳優が無記名で投票します。
脚本賞は脚本家以外の人に投票してほしいな。
一緒に仕事したことがあるとか、「あの人は嫌い」とか、そういう関係性が評価に影響しないようにね。
ありそうですね。
検分役の音楽噺 ♫
今回、話題に挙がっている『クレイマー、クレイマー』の音楽といえば、ヴィヴァルディの「マンドリン協奏曲」を思い浮かべる方も多いでしょう。
映画音楽に既成クラシック曲が使われることはよくあることですが、監督やプロデューサーが最初からクラシック曲を使おうというケースと、そうではないケースがありまして、じつは『クレイマー、クレイマー』は後者の方だったのです。
ここで話題は『2001年宇宙の旅』に一旦飛びます。
SF映画の代表作でもある『2001年〜』といえば、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」やヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」が使われているのはご存知の通り。
でも、あの作品ももともとはオリジナルの劇伴が作曲されていたのです。
監督したスタンリー・キューブリックは、前作『スパルタカス』で劇伴を担当したアレックス・ノースに続いて劇伴の依頼をします。
ノースは依頼通り作曲を行いキューブリックに提出。その後、初めての試写会が行われ、ノースもその場に立ち会いましたが、なんと自分が書いた劇伴は一切使われず、クラシック曲に差し替えられたことに激怒します。
ノースの劇伴が気に入らなかったキューブリックの対応だったわけですが、当然キューブリックはノースに訴えられることになります。
ちなみに後年、本来使われるはずだったノースの劇伴が収録されたCDがリリースされました。
僕も聴いてみたところ、個人的には悪くないのになぁと思いましたが、インパクトでいえばクラシック曲の方が強いかも。
結果的に『2001年〜』といえば、あの曲かってくらいに今やイメージが結びついてますよね。
ここで再び『クレイマー、クレイマー』の音楽の話。
元々は映画音楽作曲家デヴィッド・シャイアがオリジナルの劇伴を作曲していました。
ちなみにシャイアの奥さんは、女優のタリア・シャイア。『ロッキー』シリーズのエイドリアン役が有名ですね。
プロデューサーから作曲の依頼を受けたシャイアですが、当時はなんとタリアと離婚調停中で、実生活と映画のストーリーとリンクしていたとのこと。
それでも、主人公の生き方に共感を得て依頼通り作曲を終えます。
しかし、シャイア自身も共感が昂じたのか、劇中に流れる音楽が少し過剰、語りすぎに思えたようで、それはプロデューサーも同じく。
試写を繰り返す度に、シャイアは自分の劇伴が徐々に削られていくのを実感していたようです。
結局、最終的にシャイアの劇伴は、「マンドリン協奏曲」といった既成のクラシック曲にすべて置き換わってしまったのでした。
そのボツになったシャイアの劇伴ですが、これがなんと今年、海外でCD化されてリリースされました。
上で書いた一連の経緯も、そのCDに添えられた解説に詳しく併記されています。
早速入手して聴いてみましたが、オーケストラで演奏された劇伴は、物語と大きく乖離しているわけでもなく、全体的にハートフルな印象があって、決して悪くはないと感じました。
シャイアの劇伴の代わりに、急遽ヴィヴァルディのような既成曲を使うのを思いついたのは監督だったようです。
セントラルパークでの撮影中に、公園でミュージシャンがバロック音楽を演奏していたのが印象深かった、とはオリジナルの方のサントラ盤の解説に書かれてあります。
でも、そこにはシャイアについてはまったく触れられていないんですよね。
さて、再び『2001年宇宙の旅』に話は戻りますが、続編である『2010年』の劇伴は、全編クラシックではなく、
当初はジェネシスのトニー・バンクス、ポリスのアンディ・サマーズといったロック・ミュージシャンにオファーがあったようです。
しかし、最終的にはデヴィッド・シャイアが劇伴を担当することになります。
ちなみに『2010年』のサントラには、劇中で使われなかった、アンディ・サマーズによる「ツァラトゥストラ〜」のロックバージョンが収録されています。
今回、本来使われるはずだった劇伴が採用されず、既成のクラシック曲が使われた作品の例を挙げましたが、
偶然とはいえデヴィッド・シャイアにまつわる奇妙な巡り合わせを感じたので、ここで書かせていただきました。
ちなみにタリアとは円満離婚だったようですよ。
(対話日:2025年6月5日)
Coming Soon